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「卒業」という言葉で思うこと

3月は卒業式のシーズンですね。無事に卒業できたことは喜ばしいことです。卒業生の方には「おめでとう」といいたい。私も学校生活は順調にそれぞれの課程を「卒業」した。喜ばしいことに「留年」の経験はない。これは生徒にはなるだけ「卒業」させようという先生たちの思いやりの心のおかげだと思っている。留年になった人は「不幸」に出くわしましたね。

私は「卒業」をしても強い感激を覚えたりはしなかった。ピンとくる言葉ではなかった。いつも「課程を修了した」という感じである。皆さんはどうですか。というのは「人生には卒業なんてことはないのだ」と心の隅で思っているからなのだと思う。。「修了」はあると思うけれど。

調べてみると「卒業」という言葉は「仏教」の用語なのだ。「業」とは行為・結果を伴う行為のこと。「卒」は終えること。つまり苦しみ・欲望にとらわれることなく生きていけるように業をし、それを終えるということになる。これは「悟り」に近い境地ではないか。このような高度な言葉なのだ。ピンとこないのも納得である。