渥美信一郎は療養中の妻の見舞いに訪れた湯河原で自動車事故に巻き込まれる。事故にあった青年青木淳は腕時計を「瑠璃子に返してくれ」と言い残しノートを託して絶命する。青木の葬儀で見聞きした情報を頼りに、信一郎は妖艶な美女で未亡人の壮田瑠璃子を訪ねる。瑠璃子は腕時計を見て動揺した様子を見せるが、それをごまかし腕時計を預かり、信一郎を音楽会に誘う。青木のノートには愛の印としてもらった腕時計が他の男にも送られているのを知って自殺を決意したことが書かれていた。

数年前。貿易商として財を成した壮田勝平は自宅で催した園遊会で、子爵の息子杉野直也男爵の娘唐沢瑠璃子から成金ぶりを侮辱され激怒、奸計を巡らす。貴族院議員の唐沢光徳男爵の債権を全て買い取りさらに弱みを握り、瑠璃子に結婚を迫る。自殺をはかった父親に瑠璃子は「ユージット(ユディト)になろうと思う」と押しとどめ、直也には復讐のため結婚しても貞操を守るという手紙を出す。壮田と結婚した瑠璃子は、父の見舞いを理由に実家にとどまったり、壮田には「お父様になって」とねだったりして体を許さない。壮田の息子勝彦も手なずけ、寝室の見張りをさせた。壮田は瑠璃子葉山の別荘に連れ出し、嵐の夜に関係を結ぼうとするが、瑠璃子を追ってきた勝彦が窓から飛び込んできたのに驚いて卒倒、我が子の将来を瑠璃子に託し息をひきとる。壮田の急死の罪悪感と豪奢な生活は瑠璃子を妖婦へと変えていた。

信一郎は瑠璃子と音楽会に出席。帰りの自動車の中で瑠璃子はメリメの「カルメン」を引き合いに男性が浮気するのに比べて女性が心変わりするのを非難する風潮に対する憤りを語る。引き込まれた信一郎は誘われるがまま、次の日曜壮田邸を訪れる。そこは才気ある若い男性たちが居並ぶ瑠璃子のサロンだった。不愉快になった信一郎は退出するが庭園で青木の弟を見かけ瑠璃子への不信感をつのらせる。帰宅した信一郎の家には瑠璃子からの迎えの自動車が止まっていた。壮田邸に戻った信一郎は誘惑する瑠璃子に男性への態度を非難、さらに青木のノートを突き出すが、逆に瑠璃子は男性が女性を弄ぶことが許され、女性が同じことをすると非難されるのは男性のわがままだと激しく反発。信一郎は瑠璃子の言葉に心打たれながらも青木の弟だけは除外するよう頼むが瑠璃子は拒絶する。

壮田美奈子は、父親が亡くなったあと瑠璃子を姉のように慕い、瑠璃子も美奈子を可愛がっていた。瑠璃子は美奈子を娘らしく育てるためサロンには近づけず、自分の行いを見せないようにしていた。19歳になった美奈子は両親の墓参りで見かけた学生に心惹かれるが、彼が瑠璃子のサロンに通っていると知り動揺する。瑠璃子は美奈子を夏の箱根旅行に誘う。当日、2人の前に付き添いとして現れたのは美奈子が心惹かれた学生青木稔だった。3人は箱根に逗留するが、ある日の夕方美奈子は稔に誘われ二人きりで散歩に出かける。稔に結婚について訊かれた美奈子は嬉しい気持ちになるが、美奈子が結婚するまで瑠璃子は再婚しないという噂を気にしているとわかり落胆する。後日、美奈子は稔が瑠璃子に思いをぶつけ求婚しているところを見てしまう。瑠璃子は美奈子が結婚するまではとはぐらかし、明後日返事すると約束。

約束の日、ホテルを出た3人は丸縁眼鏡の男とすれ違う。瑠璃子は美奈子の前で稔の求婚を断る。稔は逆上して瑠璃子を罵りその場を去る。瑠璃子は自分の行いで美奈子の初恋を傷つけ、かつての自分と同じ思いをさせてしまったことを美奈子に謝り泣き出す。美奈子も瑠璃子の心遣いに感動し抱き合う。ホテルに戻った稔は眼鏡の男、信一郎に声をかけられ、兄のノートを見せられ瑠璃子に近づくなと忠告される。自分と兄が弄ばれたことを知った稔は、その夜瑠璃子の寝室に忍び込み彼女をナイフで刺し逃走、意識朦朧となった瑠璃子は直也の名を呼ぶ。帰国していた直也がホテルにかけつけると、瑠璃子は彼に美奈子を託し息を引き取る。その後美奈子は瑠璃子肌襦袢に縫い付けられた直也の写真を発見。瑠璃子は男を弄びながらも初恋を真珠のように守り続けていたと知る。

真珠夫人」と題された美しい肖像画が二科展で絶賛される。それは瑠璃子の兄の光一による妹への手向けの絵であった。

というものである。

作の最初に登場する「渥美信一郎」という男は、「探偵」のような感じであるが、このようなところに、私はロシアの作家ドフトエフスキーの「罪と罰」の影響があるように思いました。また、瑠璃子は刺殺されるのであるが、その現場は書かれていない。ただ、瑠璃子を恋する青木が水死体となって死亡したことが警察からの連絡で分かるので、この青木が瑠璃子を刺殺して自殺したのであろうと作者は読者の想像を促しているだけだが、私はこの青木という青年の結末には疑問を感じました。

真珠夫人は、1920年大正9年)の6月9日から12月22日まで大阪毎日新聞東京日日新聞に連載されたものです。