織田信長の長男信忠自害の様子を記した文書発見

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本能寺の変(1582)で自害した織田信長の長男信忠の、自害の様子を赤裸々に記録した文書が発見されたそうです。

これは近衛家の史料を所蔵する「陽明文庫」(京都市)で見つかった。変から100年前後たった文書で真偽のほどは定かではないが、信長の長男信忠が自害した様子が生々しく記されているという。

信忠は、「父の織田信長から尾張・美濃の大名織田氏家督を譲られる。天正10年(1582年)3月に甲斐武田氏を滅ぼして甲斐・信濃に勢力を拡大し、信長は「天下の儀も御与奪なさるべき」との意向だったが、3か月後の本能寺の変で信長は本能寺、信忠は二条新御所にて自刃」。

本能寺の変では、森蘭丸の自刃が有名だが、信忠も自刃しているのですね。ただ、同じ場所ではなかった。「二条新御所」という別なところで「自刃」したのですね。

信忠の生まれたのは、弘治3年(1557)であるから、信忠はこの時25歳であった。